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2013年11月

2013年11月26日 (火)

負のスパイラル

上司や社内の人たちとの関係が崩れた私は、業務での必要な会話以外、社内でしゃべらなくなりました。

それこそ、誰とも話をしなかった、という日もあったくらいでした。

負のスパイラルは私を追い詰め、窮鼠猫を噛むという諺でもなく、窮鼠は追い詰められたまま無抵抗で終わる、という日々でした。

もう私はどうしようもなく、生きているのがつらくなったのです。

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2013年11月25日 (月)

最善を尽くして仕入れ先まで何度も足を運んで交渉しました。でも

私は仕入れ先から裏切られたことが残念でなりませんでした。しかも、創業から程無くしてからおつきあいしている会社です。

私はどうにかならないものかと何度も仕入れ先まで足を運び、約束を取り付けるまで帰らないつもりで何度も交渉しました。会社からの強い指示で、どうにか約束してくるようにとのことだったからです。

そんな努力も実ることなく、私は仕入れ先からは裏切られ、上司からは叱責され続けました。いつしか私は、医者に通うようになってしまいました。もちろん、医師にかかることは家族には内緒です。

それから長い暗い日々が続きました。

前へも進めず、後ろにも戻れない。前後左右動きが取れないのです。

日々経過しても、ただ無意識に呼吸をしているだけの抜け殻のような人間になってしまったのです。

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震災発生後、しばらくのあいだ・・・

震災発生からしばらくのあいだ、私の勤務する会社でもビルの計画停電や、調達品の不足等が生じ始めました。

それを最低限に抑えるよう、必死に会社に向かいました。首都圏の電車は間引き運転、震災後しばらくは週末も会社に出社しました。

亡くなった有能なベテラン社員の方の遺志を引き継いで、会社と従業員を愛し、そして、家族も地域も愛せるような人間になろうと決めました。

でも、そんな簡単に事は進みません。

震災後、被災地に多くの人員が送り込まれ、本社勤務の私はその留守を守る役目を負いました。通常業務をやりつつ、かつ、被災地復興のための業務と実質二足の草鞋です。

本来、本社でこなされければならないルーチン業務でさえ、こなしきれなくなるくらいの多忙さと、取引先の調達物不足等も影響し、上司の留守に間も満足に会社を守れていないことが判明しました。

こちらは必死に守っているつもりでも、それはダメな結果をもたらしました。

相談をしたくても、被災地に出張や会議などで席を離れることが多かった上司から、あるとき、満足に何もできていないじゃないかと叱られるようになりました。

こちらは相談したい、指示を仰ぎたい、悶々とした状態が増えました。

そして、ある時、調達物の供給が止まり、業務に大きな影響が出るようになりました。

海外製品であるため、最低でも半年以上かかるということでした。

ある意味、仕入れ先の怠慢です。そうです、仕入れ先から裏切られたのです。

今でも、当時のことを思うと、とてもつらく、悔しい限りです。

このことが原因で、社内全体から罵声を浴び、上司からも他部門からも叱られ、信用をすべてなくしてしまいました。

これで私は心を閉ざし、長い長い暗い日々を送ることになってしまいました。

症状は悪化し、会社で業務以外の会話をしなくなりました。

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2013年11月24日 (日)

そして、東日本大震災を機に悪化は加速しました

私が背負った重い十字架は、東日本大震災を機にさらに重くなりました。

私の人生の悪化が加速したのです、

私は被災地域に住んでもいなければ、親族もいません。直接的な被害という点では、私的にはありませんでした。

私の会社では被害がありました。仙台の事業所では勤続ベテランの有能な社員が犠牲となりました。事務所も津波被害を受け、しばらく同地では事業がストップしました。とても悲しい気持ちになりました。

有能な社員は、部下や後輩を誘導して自らの命と引き換えに多くの人命を助けた方でした。

この亡くなった社員の方のためにも、何とか残された社員で遺志を引き継いで、東北復興のために尽力すべきだと感じました。

私が背負った十字架はこれが直接的な原因ではありませんでした。

もちろん、震災で悲しい気持ちになった方は多くいらっしゃると思いますし、ましてや被災された方々のお気持ちとなれば・・・

私にできることは、とにかく東北のために、会社の仕事を通じて、誠心誠意尽くすことだと思いました。

このころは、まだ前兆程度でした。

このあと、悪化がエスカレートします。

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2013年11月23日 (土)

生気を失っていた

十字架を背負ってからの私は、ずっと生気を失っていました。

繕った笑顔や相槌は所詮長続きせず、仕事にも私生活にも大きな影響を及ぼすことになりました。

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どうすれば解放されるのか、悩んだ

私が背負った重い重い十字架からどうすれば解放されるのか、悩み続けました。

もちろん、悩んだだけではなく努力して重みを跳ね返す力を育てようととも試みました。

しかし、ダメでした。

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2011年3月11日の東日本大震災の少し前

私が重い十字架を背負う大きなきっかけとなったのは、2011年3月11日の東日本大震災よりも少し前の時期です。

この時を境に、私の人生は大きく変わりました。

重い重い十字架は、私の背中に覆い被さり、這い上がることを阻止し続けたのです。

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ずっと地獄でした

2011年のある時から、私の地獄が始まりました。

それも、ある一つのきっかけでした。

重い十字架は今での私の背中にあります。その重圧は言い表せません。押しつぶされ続けてきました。

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つまり、「生還」なのです。

久しく間が空いていた理由は、あまり明かしたくないのですが、2011年3月から程無くして以降、私の人生に大きな十字架を背負うことが起こったのです。

私はずっとそれを背負い続けてきました。もちろん、今でも解放されているとは思いません。むしろ、その十字架は重くなっているかもしれません。

でも、私は気持ち的にその重みから生還できたと思っています。十字架はしばらく背負い続けていかなければならないでしょうが、少しずつ重みを真正面から受け止められるようになりました。

だから、生還なのです。

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少しずつ

少々(というか、ずいぶんと長いあいだ)更新をしておりませんでした。

そんな中でも、日々ほとんど絶えることのないアクセスをしていただきました。

この場を借りて、お詫びとお礼を申し上げます。

少しずつですが、こちらのページを更新していきたいと思います。

どうぞ引き続きよろしくお願い申し上げます。

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