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2010年1月

2010年1月25日 (月)

2月6日(土)は浅草へお出かけください(「大江戸FPフォーラムin浅草」が開催されます)

来る2月6日の土曜日、下町の台東区花川戸(浅草駅の近くです)にて、大江戸FPフォーラムin浅草が開催されます。

当日は、個別相談会やセミナーが開かれます。人に聞けないお金の話を、専門家(ファイナンシャル・プランナー)がやさしくお話します。お金のお悩みについて、ファイナンシャル・プランナーの体験相談(無料)が受けられます。

ぜひ、足をお運びください。

【開催日時】 2010年2月6日(土)11:00~16:00(受付開始10:30)

【開催場所】 台東区民館(都立産業貿易センター台東館8階)

         東京都台東区花川戸2-6-5

【主催】 NPO法人日本FP協会東京支部

     https://www.jafp.or.jp/tbb/?hojin_cd=913

【後援】 台東区

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アクセス30,000を突破しました(ご覧いただいてありがとうございます!)

皆さんこんにちは。

おっぺけぺーな私が開設するココログページ、『おっぺけぺーな私です。』が、2005年12月の開設以来、アクセスが30,000を突破しました。

アクセスしてくださった皆様、ありがとうございました。日々平均して20件のアクセスをいただいていることになります。重ね重ねお礼申し上げます。

これからも、日々の生活で感じたおっぺけぺーなことやそうでないことなどを記事にしてまいりますので、どうぞよろしくお願いします。

『おっぺけぺーな私です。』を開設するおっぺけぺーな私より。

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2010年1月23日 (土)

【おっぺけぺーな私が選ぶ2009年5大ニュース!】第1位

おっぺけぺーな私が独断で選ぶ2009年5大ニュース、いよいよ第1位の発表です!

第1位 「おっぺけぺーな私です。」開設4年経過!(2009年もおっぺけぺーな私が開設したココログページをありがとうございました)

栄えある第1位皆さんが今ご覧になっているココログページ「おっぺけぺーな私です。」が昨年12月で開設4周年を迎えたことです。このページは、2005年12月18日に記事を投稿開始。そして、昨年12月で無事に4年を経過しました。

昨年暮れまでにアクセスがなんと29,000件を突破しました。2010年に入り、まもなくアクセスが30,000に達しようとしています。これは、一日平均で20件ものアクセスをいただけた計算になるのです。

2009年は3月以降、私の怠慢により7月末まで更新を怠っておりました。大変失礼いたしました。そんな中でも、日々ほとんど絶えることなくアクセスしてくださった訪問者の方々がいらっしゃいました。本当にありがとうございました。

そんなおっぺけぺーな私の開設したこのページをご覧になっていただいた方々、あらためてお礼申し上げます。ありがとうございました。

これからも、おっぺけぺーな私が開設したココログページ「おっぺけぺーな私です。」を2010年も引き続きよろしくお願いします。これからも、日常のおっぺけぺーなことをお伝えしていきますので。

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【おっぺけぺーな私が選ぶ2009年5大ニュース!】第2位

おっぺけぺーな私が独断で選ぶ2009年5大ニュース、第2位の発表!

第2位 政権交代(民主党鳩山政権が船出。ただし視界良し、かどうか・・・)

第2位は、8月の衆議院議員選挙で民主党が大勝、自由民主党が大敗。鳩山由紀夫氏が内閣総理大臣に就任しました。久しぶりに東京大学卒業の総理大臣が誕生です。なんと、直近で最後に東大卒の総理大臣は、あの宮沢喜一氏(故人)ということですからね。しかも、多くの歴代首相を送り込んできた東京大学ですが、実は戦後の教育制度下で東大を卒業した最初の総理大臣ということになるのだそうです。ということは、それまでの方々は、みなさん旧「帝国大学」という時代なのでしょうね。近代史の世界の話ですよ。

議員主導の政府、要するに官僚主導ではないということを明言。自由民主党時代で腐敗した政治を根底からひっくり返す勢いで多数の議員を国政に送り込みました。少なくとも、8月の選挙時点では、多くの国民からの信頼を得たのです。

私の思うところはまたあらためて申し上げたいと思いますが、いずれにしても自由民主党が担ってきた政権に国民が「NO」を突き付けて成立した政権なのですから、国民を裏切ることのない政治を進めてほしいと願います。もしも、それができないのであれば、政権政党の資格はないと考えますので。

2010年をむかえ、既に難局に直面していますが、まずは国民に約束したことを実行できる政府であってほしいと願います。

視界良しとは今時点では言い難いところですが、とにかく国民の信頼を裏切ることのないよう、責任を全うしてほしいと思います。

ということで、政権交代が第2位にランキングです。

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【おっぺけぺーな私が選ぶ2009年5大ニュース!】第3位

おっぺけぺーな私が独断で選ぶ2009年5大ニュース、第3位の発表!

第3位 日本選手団、かく戦えり(日本選手がスポーツの国際舞台で大活躍)

第3位は、日本代表のスポーツ選手の活躍ぶりについて取り上げます。いろいろあると思いますが、いくつかピックアップしました。

【侍ジャパン、WBCを制す】

まずは、春に行われた第2回ワールドベースボールクラシック(以下、WBC)で日本が2連覇したことでしょう。"侍ジャパン"と名づけられた、巨人の原監督率いる日本チームは、3月24日の決勝で、韓国チームを相手に5-3で破り、優勝したのです。

日中にテレビで中継されたため、私は昼休みに携帯電話のワンセグで一戦を見守りました。延長十回に、不振に悩まされ続けたイチロー選手(マリナーズ)が2点タイムリーヒットを放ち、勝利を決めると、日本中が歓喜に沸いたのです。

大会MVPには4勝を挙げた松坂大輔投手(レッドソックス)が2大会連続で選出されました。また、日本代表監督として世界の頂点に立った原辰徳監督は、プロ野球日本シリーズでも巨人を7年ぶりの日本一に導き、卓抜した手腕を発揮したのです。

【驚異的な世界新記録の沸いた大会で日本選手も活躍】

8月には、ベルリンで世界陸上選手権が開かれました。大会の注目は、北京五輪で驚異的な記録を残したウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)でしたが、この大会でも自らの世界記録を更新しました。

そんな中、日本選手も大活躍でした。女子マラソンで尾崎好美選手(第一生命)が2時間25分25秒で2位に入り、男子やり投げでは村上幸史選手(スズキ)82m97cmをマークして3位に入りました。尾崎選手は、かつて女子マラソンの第一人者として1991年の世界陸上選手権東京大会で2位に入った山下佐知子選手が監督となって育てた教え子です。師弟ともに2位という快挙ですね。また、村上選手はこの種目で日本勢初のメダルをもたらしたのです。今後とも、期待大です。

【水泳界に新星誕生】

水泳の世界にも彗星が誕生しました。5月にオーストラリアで開催された日豪対抗の200メートル背泳ぎで、日本の入江陵介選手(近大)が、当時の世界記録を1秒08も上回る記録をマークしました。ところが、後になって、水着審査において入江選手が着用した水着が認可されませんでした。その結果、入江選手がマークした記録など、世界記録を上回った6つの好タイムが非公認となってしまったのです。

これは、「高速水着」に一定の歯止めをかけようと動いていた国際水泳連盟(FINA)の遅すぎる対応によるものです。FINAの対応は、世界の競泳界を大きく混乱させてしまいました。FINAは2009年9月に、2010年から水着の素材などを限定する新規定を発表しました。

そんな中で7月末からローマで行われた競泳の世界選手権では、浮力のあるラバー素材の高速水着が使用できる最後の国際舞台となり、誕生した43もの世界記録は、永久に破られないのではという指摘もあるようでして、競泳界は今もなお、多くの問題を抱えているといえそうです。

ただし、こんなことにはめげず、入江選手に活躍してもらいたいと思います。2012年のロンドンに向けてがんばってほしいです。

【体操ニッポン、復活の兆し】

体操の世界選手権が10月にロンドンで開催され、鶴見虹子選手(朝日生命ク)が個人総合で銅メダル、段違い平行棒では銀メダルに輝きました。五輪、世界選手権を通じて日本の女子体操選手が表彰台に上がるのは、なんと1966年(!)の世界選手権で3位に入った池田敬子選手以来とのことで、43年ぶり史上2人目の快挙だそうです。

また、北京五輪銀メダリストの内村航平選手(日体大)は個人総合で初優勝!。「体操ニッポン」を担う新世代のエースがロンドン五輪に向けて大きな一歩を踏み出しました。

【亀田興毅選手が2階級制覇】

11月に行われた内藤大介選手VS亀田興毅選手の世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチで、挑戦者の亀田興毅選手が王者・内藤選手を判定(3-0)で破り、2006年8月の世界ボクシング協会(WBA)ライトフライ級王座に続いて国内ジム所属選手としては7人目の2階級制覇を達成しました。

亀田家と内藤選手の因縁の対決と謳われた試合でしたが、挑戦者の興毅選手の若いファイトと、老獪な内藤選手のテクニックが真正面からぶつかり、とてもさわやかな試合だったと思います。

デビュー当初から、日本人選手との対戦がなかった興毅選手は、「本当に強いのか」という多くのお茶の間の疑念を拳で吹き飛ばしました。勝利を決めた瞬間に泣き崩れた姿も印象的でした。微妙な判定での勝利や、弟の大毅選手が内藤選手とのタイトルマッチの際に犯した反則行為など、亀田家長男の興毅選手には大きなプレッシャーがあったと思います。そのような中での勝利に、本当の実力を魅せられたと思い、感動しました。

ボクシングといえば、国内最強の世界王者、WBC世界バンタム級チャンピオンの長谷川穂積選手が12月に10度目の防衛を達成!驚異的な強さの裏に秘めた、優しい心。病気のお母さんを思う王者の素顔は、ドキュメンタリー番組などで取り上げられました。感動しました。

【日本人メジャーリーガーの活躍】

米国メジャーリーグの日本人選手の活躍も目立ちました。

まずは、シアトル・マリナーズのイチロー選手。9年連続で200本安打達成。これは、メジャーリーグ新記録だそうです。また、メジャー通算2,000本安打も早くも達成しました。そして、4月には日本プロ野球史上最多安打記録保持者の張本勲選手の3,085安打を軽々と更新しました。イチロー選手にとって、これらの記録は所詮は通過点のようなものだろうと思います。安心して応援できる日本人メジャーリーガーの一人ですよね。

そして、ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜選手がワールドシリーズで大活躍し、MVPを受賞しました。もちろん、日本人としては初めての快挙。レギュラーシーズンを通じて、指名打者としての活躍に甘んじていた中での活躍であったので、少々活躍に不安を感じていましたが、なんのなんの。天晴れ天晴れです!今シーズンは新天地でのスタートとなりますが、ぜひ活躍をしてほしいと思います。期待しています!

【女子テニス界では・・・】

2008年4月に現役復帰を果たした39歳のクルム伊達公子選手は、9月に行われた韓国オープンで13年ぶりのツアー優勝!アラフォー世代の励みになっています。テニス界だけなく、他のスポーツの世界でもアラフォー世代の活躍が目立ちますが、復帰を果たした伊達選手には、若い選手にも負けないテクニックがあります。若い選手の刺激にもなるでしょう。これからも、アラフォー世代の代表として、活躍を期待します。

一方、「テニス界の鉄人」として親しまれた杉山愛選手(34歳)が引退を表明。東京・有明コロシアムで行われた東レ・パンパシフィック・オープンが引退試合となりました。この大会、ダブルスで準優勝を決め、笑顔でコートを去りました。17歳でプロになってから、シングルスの四大大会に62大会連続出場は世界最多記録を樹立し、ギネス世界記録にも認定。ツアーでは911試合で492勝の戦歴は、これからも記録に刻まれることでしょう。「コートの妖精」、そして、「テニス界の鉄人」、お疲れ様でした。

【墓碑銘】

最後に、第2次世界大戦後、暗い日本をスポーツの世界から勇気を与えてくれたヒーローがまた一人、鬼籍に旅立ちました。2009年7月からイタリア・ローマで行われていた競泳の世界選手権のさなか、古橋広之進さんが現地・ローマで亡くなりました。享年80。現地で行われた国際水泳連盟の総会、競泳世界選手権のプレゼンターとして出席していたさなかの悲劇でした。

スポーツジャーナリストの二宮清純さんは、「ショックとしか言いようがない。まさに巨星落つという感じだ。今は野球でもサッカーでも世界を相手に闘っているが、世界という物差しを日本に導入したパイオニアだった。プロレスの力道山が古橋広之進さんにあこがれ、その力道山にあこがれたのが、プロ野球の長嶋茂雄というだけでも、功績がいかに偉大だったか分かる。戦後、日本が世界に追いつけ追い越せと頑張っているときに、それを具現化した、スポーツ界を超えた戦後日本のヒーローだった」と、このように仰っています。

あらためて、合掌。

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2010年1月18日 (月)

【訃報】小林繁氏逝去

さて、【おっぺけぺーな私が選ぶ2009年5大ニュース!】の途中ですが、訃報が入ってきました。

プロ野球、読売巨人軍で長嶋茂雄監督が初めて率いた時代にエースとして活躍した、小林繁氏が1月17日に亡くなりました。享年57。今年から北海道日本ハムファイターズの一軍投手コーチとなり、その活躍を期待されていた矢先の悲劇でした。

幼きころ、巨人の投手といえば、右投げの小林、左投げの新浦がエースでした。その後、いわゆる「江川事件」で悲劇の的となりましたが、阪神に移籍した後、22勝と最多勝投手、沢村賞まで受賞。しかも、その年には対巨人戦で8勝と大活躍しました。

突然の死にとても驚いているのと、大変残念です。悲しいです。

これでまた私の昭和時代のヒーローが一人、鬼籍に旅立ちました。

小林繁氏のご冥福をお祈りします。合掌。

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2010年1月17日 (日)

厄払いに行ってきました。

P1004593 先日、厄除けの護摩修業で深川まで出向いてまいりました。この日もとても寒い日でしたね。

その場所は、地下鉄の門前仲町から歩いて少しのところにあります。成田山の東京別院で、「深川不動堂」、つまり、通称「深川不動尊」さんであります。

永代通り沿いの歩道を木場方面に少し歩きます。そして、参道へ。参拝の方々で大行列でした。私は、護摩修業の受付へショートカット、「少々失礼」っと、横をすり抜けて歩きました。

Dsc04648 ということで、受付票に記入。今年は厄除けだけでなく、方位除けも一緒にお願いしました。まさに、「併願」というのだそうです。

開始の30分前にご本堂に入りました。最前列に座らせていただきました。護摩修業の方々が大人数入ってきます。

読経開始から約30分、護摩修業は終わりました。名前をしっかりと読み上げていただきました。

2010年、無事に過ごせますように!

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【おっぺけぺーな私が選ぶ2009年5大ニュース!】番外編

おっぺけぺーな私が独断で選ぶ2009年5大ニュース、第3位といきたいところですが、ここで番外編をお送りします(昨年、一昨年も、そしてその前の年も確かそうでしたね。全てパクリです(~_~;))。

2009年も振り返ればいろいろなことがありました。世間一般で取り上げられそうなニュースは、当然ながらテレビや新聞で取り上げられることでしょう。ですので、おっぺけぺーな私が独断で選んでしまうような内容のニュースに特化してここではお送りします。

そこで、ここではランクインはされていませんが、おっぺけぺーな私が番外編として取り上げたいニュースをご紹介します(ここも去年までの文章をパクっています)。

番外編その1 大物相次いで逝く(鬼籍へ旅立ったヒーローたち) 

2009年は、あらゆる分野で「ヒーロー」として讃えられた著名人が亡くなりました。

音楽の世界では、5月、RCサクセションの忌野清四郎氏(享年58)が逝去。和製ロックの神様は最後まで癌と戦い続けました。常に前向きで直向きな闘志は、彼の歌声とともに日本人の心に響きました。その声はいつまでもファンのみならず、日本人の心に響き続けるでしょう。

スポーツ界では、6月、プロレスリングNOAHの社長、プロレスラーの三沢光晴選手(享年46)が試合中に技を受け、そのまま亡くなりました。1981年にジャイアント馬場選手(故人)の全日本プロレスに入門し、馬場選手の弟子として、そしてジャンボ鶴田選手(故人)の付き人として、「馬場イズム」「全日本イズム」の継承者として期待されました。若くして海外武者修行に出され、1984年に凱旋した際には「2代目ダイガーマスク」として鮮烈なデビュー。90年に天龍源一郎選手を初めとした全日本プロレス所属選手が大量離脱した際には、マスクを脱いで自ら「三沢光晴」としてブレイク。少なくなった選手層の中で、団体を支えるトップレスラーとなりました。1999年に師匠・馬場選手の死去、兄弟子・鶴田選手の引退の後は、全日本プロレスの社長に就任。1年後に活躍の場を新天地のNOAHに移しました。プロレス団体の乱立する中で社長業と選手の一人二役、NOAHのテレビ放送の打ち切りなど、決して容易ではない環境の中で再起を図ろうとしていた矢先のことであり、とても残念でなりません。三沢選手の逝去を受け、元プロレスラーで国会議員の馳浩氏が日本国内のプレレス団体に呼びかけ、このような悲劇が再発しないよう、団体を超えた結束に動き始めました。

世界では、6月にマイケル・ジャクソンさんが逝去。世界中が悲しみに包まれました。たしかにここ近年の同氏の動向には気になる点がありました。彼の歌声で「Heat the world」という歌を聞くと、彼の素晴らしさが分かります。“We are the wolrd” も素晴らしい歌でしたが、彼の世界平和を願う、そして世界の子供たちを救おうという熱い思いは歌から聞き取ることができました。人類の生んだ史上最高のエンターテイナーの歌声は永遠に地球上に響き続けることでしょう。

日本の芸能界では、大御所俳優、森繁久彌さんが亡くなりました。

そして、笑点で長年司会者として親しまれた、三遊亭圓楽師匠が亡くなりました(【訃報】三遊亭圓楽師匠逝去)。

2009年の墓碑銘に刻まれた故人の方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

あらためて、合掌。

番外編その2 新型インフルエンザ大流行(マスクが店頭から消えた日) 

新型インフルエンザの猛威に恐れおののいた年でした。2009年のゴールデンウィーク、それはニュースとして伝わってきました。国内では、5月に大阪府の男子高校生らが成田空港での検疫で初の国内の感染者と確認され、8月に沖縄県の男性感染者が初めて国内で死亡。12月には死者が100人を超え、休校や学年、学級閉鎖の教育関連施設も相次いだのです。

そういえば、5月の連休、新型インフルエンザを恐れた消費者の行動は、1973年のオイルショック並みに現れました。店頭からマスクがほとんど消えてしまったのです。耳慣れない「パンデミック」という言葉を知ったのもちょうどこのころでした。

11月より順次、子供たちに新型インフルエンザワクチンの始まりました。だからといって、決して安心できるとはいえないのです。どこかで発症する方がいらっしゃるのです。

季節性インフルエンザだけでなく、新型インフルエンザに対しても、正しい知識を持って対処したいと思います。

ということで、番外編に挙げさせていただきました。

番外編その3 薬物が芸能界を汚染(ファン、国民を裏切った有名人) 

薬物報道が絶えなかった2009年でもありました。薬物汚染が芸能界まで及んだのです。日々、ニュースやワイドショーではこの内容の放送が絶えませんでした。

あえて名前を申し上げるまでもありませんが、これまで信用してきた、あるいは国民からも愛されてきた芸能人が薬物容疑で逮捕されたというのです。最初は、夫が逮捕されたとの報道でしたが、その後姿を消してしまったと。しかも、本人までもが薬物に染まっていたのですから。

このニュースは、日本国内に衝撃を与えただけではなく、それまでの芸能人のイメージを一新し、長年にわたり愛し続けたファンや国民を裏切る結果となったのです。

芸能人だからしょうがない、とか、芸能人だから社会復帰を許されるというようなこともこれまでは言われてきましたが、今回ばかりはそれが許されるべきことではないと思います。猛省し、これまでの罪を償ってほしいと思います。

ということで、番外編にランキングです。

番外編その4 雇用不安は続く(2009年末も派遣村は「開村」。派遣切りをした「派遣元」の会社名公表を!) 

2008年に引き続き、2009年は労働者にとっても受難の年でした。派遣切りなどにあった人を支援する「年越し派遣村」(東京・日比谷公園)に、2008年末から年明けにかけ数百人が集まり、厚労省が講堂を開放するなど大きな動きに。失業率も過去最悪の5・7%を記録。雇用状況の厳しさはなお続いています。

そして、2009年の年末も「派遣村」は活動していました。今度は、役所が先頭になって活動をしたのです。それほど、雇用情勢は厳しいということでしょう。その派遣村も、18日で「閉村」なのだそうです。

私が「派遣切り」からつくづく思いましたのは、昨年も申し上げましたが、ニュースを見ていると、派遣切りをされた労働者と派遣切りをした派遣先会社(多くの製造業など)の2つの当事者しか登場しないことです。実際に派遣社員の雇用責任を有する派遣会社の名前がほとんど報道されないのです。実際、労働者派遣とは、労働者、派遣会社(派遣元)、顧客企業(派遣先)の三つの当事者で成立するのですが、労働者と派遣先の2社しか登場しないのです。派遣会社も派遣労働者の実働によって売上を形成しているのですから、重要な当事者のはずです。マスコミがこの派遣会社名をほとんど明らかにせず、顧客企業である派遣先会社のことばかりにクローズアップをしていたことに疑問を感じます。今からでも遅くありません。会社名を公表すべきと思うのです。

2010年こそ、派遣切りや雇止めにあった方々の雇用促進が進み、安心した生活が送れることを祈ります。

番外編その5 ちょっといい話(悪いことばかりじゃありません)

そんな中、いい話もあった2009年でした。

大女優、森光子さん(89歳)が国民栄誉賞を受賞。舞台『放浪記』(原作・林扶美子)の上演は2,000回を達成しました。大晦日のNHK紅白歌合戦でも審査員席で活躍していましたね。これからも、ますますお元気でがんばってほしいです。

J-POPのユニット、EXILEが2008年に引き続いて日本レコード大賞を受賞!彼らの音楽とエンターテイメントが大成し、受け入れられた結果であると思います。苦難を乗り越えて得られた成果が2年連続の日本レコード大賞につながったのだと思います。バラエティ番組でも、彼らの素顔が明らかに。庶民的な感覚を持ったアーティストという点でも私はとても好感を持っています。2010年も活躍してくれるでしょう。

2月には、米映画界最大の祭典、第81回アカデミー賞では、滝田洋二郎監督の「おくりびと」が外国語映画賞に選ばれました。また、加藤久仁生監督の「つみきのいえ」が短編アニメーション賞に選ばれたのです。日本人監督作品の同賞受賞は初めてという快挙でした。

6月には、ピアニスト・辻井伸行さん(21歳)が米国で開催された「ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール」で日本人として初めて優勝!彼の奏でる美しいピアノのメロディーが日本人に勇気を与えてくれました。ありがとうございました。

まだまだ取り上げたい2009年のニュースは他にもたくさんありますが、番外編として上記のとおり取り上げさせていただきました。この後、第3位へと続きます。少々お待ちください。

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2010年1月 9日 (土)

今週末は新宿小田急百貨店へお出かけください。『イシガキ スパイス クリエイターズ マーケット』開催中!

P1004575 先日、新宿の小田急百貨店へ出かけてまいりました。

本館2階、サンドリーズ・アレーのスウィングスペースで開催されている「イシガキ スパイス クリエイターズ マーケット」を訪れました。1月2日からこの催しは開かれています。

とても楽しかったです。石垣島どころか、沖縄県には一度も行ったことのない私ですが、とてもエキゾチックな印象を受けました。今年は、家族でぜひ、訪れたいと思いました。

この催しは1月12日(火)までです。ぜひ、お出かけください。お世辞抜きに、とても素晴らしいです!

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2010年1月 7日 (木)

【おっぺけぺーな私が選ぶ2009年5大ニュース!】第4位

おっぺけぺーな私が独断で選ぶ2009年5大ニュース、第4位の発表!

第4位 熱かった日本競馬界(あの、武豊騎手がリーディングを取れず。騎手のリーディング争いは激戦時代に突入!)

第4位は、歴史的な出来事の多かった日本競馬界です。

既にニュース等でご存知の情報が多いと思いますので、ここでは騎手のリーディング争いが激戦となったことについてお伝えしたいと思います。

あの、名手・武豊騎手がJRAの全国リーディングを取れなかった、つまり、武豊騎手以外のジョッキーが全国リーディングに君臨したことです。その騎手とは、2008年にJRAの騎手免許を取得し、大井競馬の騎手からJRAに転身した内田博幸騎手であります。

なんと、武豊騎手がシーズンを通じて日本国内を主戦に騎乗していた中でリーディングに君臨できなかったのは、1991年以来とのこと。そのときのリーディングは岡部幸雄騎手(当時)ということですから、相当昔のことのように感じます。メジロマックイーンで進路妨害で降着になったあの年以来のことです。

この内田騎手、大井競馬から転身した2008年は関東リーディングながらも、全国では武豊騎手に及ばず2位。今年はそれを上回る全国リーディングです。3位にもかつて兵庫競馬からJRAに転身した岩田康成騎手が入っています。実は大井競馬に所属していた2006年、日本の競馬界に所属する騎手の年間最多勝記録(年間524勝!)を樹立したのです。それまでは、1966年に川崎の鉄人・佐々木竹見騎手(2001年に引退)が樹立した505勝(当時の世界記録)でした。二度と破られないと言われた佐々木竹見騎手の記録を40年ぶりに塗り替えたのが内田博幸騎手なのです。

地方競馬からの転身騎手としてのパイオニア、安藤勝己騎手(元・笠松競馬)、兵庫競馬から転身した小牧太騎手など、地方競馬出身者の活躍がとても目立った2009年だったと思います。JRAのように、レースが土日しかない開催されないのとは異なり、地方競馬の場合ほとんど年中平日にもレースが開催されていますので、勝負勘が常に体にしみこんでいるのではないでしょうか。そのように考えると、地方競馬の騎手のほうが常に「臨戦態勢」にあるといえるでしょう。

内田博幸騎手は、JRAの2009年の全開催が終わった後にも活躍しました。12月29日、古巣・大井競馬場で開催された交流重賞・東京大賞典(JpnⅠ)でもサクセスブロッケン号で優勝。武豊騎手が騎乗する交流重賞の常連、ヴァーミリアンを差しきって制しました。2010年も開催初日の1月5日でJRA通算400勝を達成したのです。ほんとうに、あっぱれです。

2010年は内田博幸騎手も武豊騎手の活躍を予想しています。内田騎手にとっても武豊騎手は憧れであり、大きな壁でもあるのです。簡単にリーディングを何度も取れるとは思っていないはずです。それだけに、今年は2009年よりもまして騎手のリーディング争いは過熱するでしょう。

騎手といえば、障害の鉄人、田中剛騎手が引退を表明しました。障害レースを盛り上げてくれてありがとうございました。お疲れ様でした。

これからもおっぺけぺーな私は日本の競馬を応援します!

ということで、2009年も熱かった日本競馬界が第4位に入りました。

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2010年1月 5日 (火)

【おっぺけぺーな私が選ぶ2009年5大ニュース!】第5位より発表です。

さて、これまでの年始の記事にならい、今年も「2009年の5大ニュース」を発表します。これは、おっぺけぺーな私が独断で選んだものです。(確か、昨年もそうでしたね、(^^ゞ )

つきましては、第5位から発表します

第5位 『嵐』の人気がさらに加熱(わが家では昨年に引き続き、『嵐』が大ブーム!)

さて、おっぺけぺーな私が選ぶ、2009年5大ニュースの第5位は、『嵐』の人気がさらに加熱!であります。2008年同様、2009年も家族で嵐に情熱を注いだ日々が続きました。小学生の息子、幼稚園児の娘だけでなく、家内も私も熱狂しています。

1999年のデビュー以来、しばらく彼らの活躍を知る機会はありませんでしたが、2008年夏、NTV系24時間テレビのパーソナリティーとしての活躍を通じて彼らのファンとなりました。しかも、家族ぐるみで。

デビュー10周年の2009年は、ブラウン管を通じて日々、彼等が登場しない日がないくらいだったと記憶しています。

我が家では、10周年記念のアルバムCDの購入、DVDの購入をしました。そしてなんと、昨年12月には東京ドームのコンサートに家族で出かけたのです。いったい、どこまで嵐を追いかければよいのか、といわんばかりの熱狂振りでした。

しばらく我が家ではこの熱が冷めることなく続くことでしょう。ということで、第5位にランキングさせていただきました。

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新年最初のお買い物(THE MALL へ)

P1004570 年明けに最初に買い物に出かけた場所は、THE MALL でありました。ここ数年来、どういうわけか、我が家では新年最初のお買い物の場所はこちらとなっております。

駐車場も広いですから、車でも安心して買い物ができますね。年始にかけてとても冷たい風が吹き、とても冬らしい陽気が続くお正月ですが、店内はとても賑やか。正月早々から熱気がありますね。

P1004569私は何年かぶりにジーンズを購入しました。とっても久しぶりです。いつ以来でしょうかね。おそらく、「前世紀」であることは確かでしょう。

さてさて、買い物を楽しんだあとの車中では、私以外の家族全員、コクリコクリ。運転する私も疲れましたが、また来年もこちらに買い物にお邪魔することになりそうです。

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2010年1月 4日 (月)

2010年の初詣でに行って参りました。

Dsc04607 正月の1月2日、初詣でに行って参りました。もともと、我が家では浅草寺の横にある、浅草神社に参詣していたのですが、あまりの混雑ですのでここ数年は足が遠のいております。

ですので、浅草寺から程近い場所で名刹といわれている「第六天榊神社」に参詣しました。とても寒い日でしたが、鳥居をくぐって最初に手を清め、本殿へ。そして、お賽銭を差し上げ、二拝二拍手一拝。

拝礼を終えて、御神籤を引きました。「末吉」でありました。境内に結び付けてきました。

とても清々しい気持ちになったのでした。また来年、ここに来れますように。

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2010年1月 1日 (金)

2010年元旦、寒い一日でした。

P1004560 ココログをご覧の皆様、明けましておめでとうございます。2010年、本年もよろしくお願いします。

それにしても、とても寒い一日でしたね。天気予報どおりの寒さでした。ここ数年来で、これほどの寒さは2004年の大晦日以来との記憶が。確か、2004年の大晦日は東京でも積雪があったと思います。

我が家では、毎年大晦日から都内の私の実家に家族4人で出かけることにしています。ですので、寒くて強い風が吹く中、出かけてまいりましたよ。

澄み渡る空の青さと白い雲の美しいこと、この寒い時期でしか見れないコントラストかもしれませんね。

さてさて、本年もおっぺけぺーな私が開設するココログページ、『おっぺけぺーな私です。』をどうぞよろしくお願いします。

そして、皆様にとって2010年が素晴らしい1年でありますよう、お祈りしております。

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